「チルい曲ある?」「今日は家でチルする」。
SNSでも会話でも、「チル」はすっかり普通の言葉になりました。
ただ、チルミュージックがどんな音楽なのかと聞かれると、意外と答えに詰まります。
チルミュージックとは、英語の「chill out(落ち着く、くつろぐ)」に由来する言葉で、聴く人の緊張をほどくような、ゆったりした音楽をまとめて指す呼び名です。
特定の楽器や作り方で決まるジャンル名というより、「聴いたときの気分」でくくった名前だと考えるとわかりやすくなります。
この記事では、チルの語源と、1990年前後にイギリスで生まれた「チルアウト」の成り立ち、いまの「チル」の使われ方、ローファイやアンビエントとの関係、おすすめの聴き方までまとめました。
「チル」という言葉の意味と語源
「チル」のもとになったのは、英語のchillです。
chillはもともと「冷え」や「冷やす」という意味の単語で、chill outの形になると、口語で「落ち着く」「くつろぐ」「肩の力を抜く」という意味になります(chill out – Wiktionary)。
辞書でもスラングの扱いで、「Chill out!」なら「落ち着けって」くらいの軽い言い方です。
つまり「チル」は、音楽より先に「気分」を表す言葉でした。
音楽の呼び名になったのはその後で、きっかけはイギリスのクラブ文化です。
チルアウトというジャンルの成り立ち
音楽の「チルアウト」は、クラブの休憩部屋から生まれました。
英語版Wikipediaの記述では、この言葉の出どころは1989年、ロンドンのナイトクラブHeavenにあった「The White Room」という部屋です(Chill-out music – Wikipedia)。
メインフロアで速いダンスミュージックを浴びて疲れた客が、文字どおりchill out(クールダウン)するための部屋でした。
その部屋でDJをしていたのが、Jimmy CautyとAlex Patersonです。
2人はBrian EnoやPink Floydなどの音源を使って、踊るためではない、ゆったりしたミックスを流していました(前掲のChill-out music – Wikipedia)。
PatersonはのちにThe Orbとして、CautyはThe KLFとして活動します。
この流れをアルバムの形にしたのが、The KLFが1990年2月に出した「Chill Out」です。
ビートを前に出さず、列車の音や自然の音のサンプリングとシンセサイザーを重ねて、アメリカ南部の夜の旅を描いたコンセプトアルバムで、チルアウトというジャンルの成立に影響した作品として扱われています(Chill Out (KLF album) – Wikipedia)。
チルアウトがクラブの外に広がるうえで大きかったのが、スペインのイビサ島にあるバーCafé del Marです。
1980年に開業した店で、1991年からDJのJosé Padillaが夕日の時間に合わせた「サンセットセット」を流すようになり、1994年から1999年にかけて最初の6作のコンピレーションアルバムを手がけました(Café del Mar – Wikipedia)。
「夕日を眺めながら聴く、ゆったりした音楽」というチルアウトのイメージは、ここで定着したと言ってよさそうです。
ここまでの経緯からわかるとおり、チルアウトは最初から「音の作り方」より「どういう時間に流すか」で名付けられた音楽でした。
前掲のWikipediaでも、chillと結びつくジャンルとしてダウンテンポ、ジャズ、ヒップホップ、ラウンジ、アンビエントなど幅広いものが挙げられています。
日本で「チル」が気分の言葉になるまで
日本では、「チル」は音楽のジャンル名よりも、気分や雰囲気を言う若者言葉として広まりました。
三省堂の辞書編集者が選ぶ「今年の新語2021」では「チルい」が大賞になっていて、選評では2010年代後半から若者を中心に「チルする」「チルってる」「チルな」「チルい」などの形で使われてきたと説明されています(nippon.com「三省堂の辞書編集者が選ぶ2021年の新語」)。
同じ記事で紹介されている語釈は、「心身の緊張を解くような、心地よさが感じられる様子」。
例文には「日曜の午後はチルい」「チルい雰囲気がいい感じのカフェ」が挙がっています。
音楽に限らず、時間帯にも、お店にも使えるわけです。
なので、いま日本語で「チルい曲」と言うときは、「チルアウトというジャンルの曲」より「聴いていて気持ちがゆるむ曲」を指していることがほとんどです。
ボサノバでも、ローファイでも、静かなピアノでも、聴く人がくつろげればチルと呼ばれます。
ジャンルの境界があいまいなのは、言葉の成り立ちを考えれば当然の結果です。
チルとローファイ、アンビエントの関係
チルとよく一緒に語られるのが、ローファイとアンビエントです。
3つとも「ゆったりした音楽」として同じ棚に並びがちですが、言葉としての性質が違います。
- ローファイ:レコードノイズやこもった質感をあえて残す、音の作り方で決まるジャンル。いまは主にジャズ寄りのゆったりしたヒップホップビートを指す
- アンビエント:空間の一部として鳴る、主張の少ない音楽のジャンル。前に出てこない音響そのものが特徴になる
- チル:聴いたときの気分でくくる呼び名。ローファイもアンビエントも、くつろげる曲ならその中に入る
つまり、ローファイとアンビエントは「どんな音か」の名前で、チルは「どんな気分になるか」の名前です。
ローファイの配信が「chill beats」と名乗ったり、アンビエントのプレイリストに「chill」が付いたりするのは、ジャンル名と気分の名前を重ねて使っているからです。
チルアウトの元祖が休憩部屋でアンビエントを流していたことを思い出すと、この重なりにも納得がいきます。
それぞれのジャンルの音の特徴や歴史は、ローファイの解説記事とアンビエントの解説記事にまとめています。
カフェで流れる音楽のジャンルを一覧で見たい人は、カフェ音楽のジャンル一覧が早道です。
チルミュージックのおすすめの聴き方
チルが気分の言葉である以上、聴き方のコツも「気分を切り替える場面に置く」ことになります。
チルアウトの元祖がダンスフロアの「休憩部屋」だったように、何かと何かのあいだに挟むと効きやすい、というのが編集部の経験則です。
- 切り替えの時間に流す:仕事が終わった直後や、帰宅して着替えたあとなど、頭を切り替えたいタイミングで流す。休憩部屋と同じ使い方
- 夕方から夜に寄せる:Café del Marのサンセットセットのように、日が傾く時間に合わせる。照明を少し落とすと雰囲気が揃う
- アルバムやミックスを通しで流す:1曲ずつ選ぶと選曲のたびに手が止まるので、まとまった長さのものを流しっぱなしにする
- 音量は会話が邪魔されない程度に:カフェのざわめきくらい(約70デシベル)の音で創造的な課題の成績が上がり、85デシベルでは下がったという実験がある(Mehta, Zhu & Cheema, 2012)。音楽そのものの実験ではないが、目安として使える
実際に聴くなら
チルアウトの原点に近いものから、いまのカフェ向けのチル系アルバムまで、4つ選びました。
どれも曲名やアルバム名に「Chill」「Chillout」が入っているものです。
1. Café del Mar
歴史の節で出てきた、イビサ島のあの店の公式チャンネルです。
ここでは、José Padillaが手がけたシリーズの1作目「Café del Mar Ibiza – Volumen Uno (Vol. 1)」のフル音源を貼っておきます。
チルアウトという言葉が音楽の名前として広まったころの空気を知るなら、ここが入口です。
2. Chill Cafe BGM Lounge
アーティスト名にもアルバム名にも「Chill」が入った、夜のチル担当です。
アルバム「Sunset Jazz Lounge for Chill Nights」は全30曲で、「Warm Air from the Heater」「Rain on the Bus Home」といった曲名が並びます。
帰り道から部屋に着くまでの時間をなぞったような曲名なので、帰宅後の切り替えに流すと、曲名の流れとも重なります。
3. Creamy Panda
「日曜の午後はチルい」という例文をそのまま音にするなら、このアルバムが近いところにあります。
「Chillout Cafe Jazz Music for a Relaxing Holiday」(日本語タイトルは「ゆったり休日に聴くチルアウトカフェジャズ音楽」)は全10曲で、「Chill Vibes at Morning Cafe」や「Gentle Lofi Beats for Morning」のように、チルとローファイの両方の言葉が曲名に入っています。
予定のない休日の朝から昼にかけて流すのに向いています。
4. Coffee Shop Music
日本語の「チル」がカフェと結びついている様子は、このアルバムのタイトルにも出ています。
「Relax Cafe Chill Out」(日本語タイトルは「リラックスカフェ チルアウト」)は全10曲のジャズで、「チルできる午後のカフェ」「心ほどけるフレンチカフェ」といった曲名が並びます。
午後の休憩に、コーヒーと一緒に1枚流しきるくらいの長さです。
チルミュージックのよくある質問
Q. チルミュージックとはどんな音楽ですか?
A. 英語の「chill out(落ち着く、くつろぐ)」に由来する、聴く人の緊張をほどくようなゆったりした音楽の総称です。
楽器や作り方で決まるジャンルというより気分でくくった呼び名なので、ローファイやアンビエント、ボサノバ、ジャズなど幅広い音楽が含まれます。
Q. 「チル」と「チルアウト」は同じ意味ですか?
A. 語源は同じですが、使われ方が少し違います。
「チルアウト」は1990年前後のイギリスのクラブ文化から生まれた音楽ジャンルの名前で、日本語の「チル」「チルい」は、それより広く気分や雰囲気を表す若者言葉として定着しました(前掲の三省堂「今年の新語2021」)。
Q. チルとローファイの違いは何ですか?
A. ローファイはノイズやこもった質感を残す「音の作り方」で決まるジャンルで、チルは「聴いたときの気分」でくくる呼び名です。
くつろげるローファイはチルの中に入る、という関係です。
Q. チルミュージックは作業中に聴いても大丈夫ですか?
A. 歌詞のないインストを選べば、作業用にも使えます。
歌詞つきの音楽で読解テストの成績が下がった実験があるので(Perham & Currie, 2014)、読み書きの作業中は、チルの中でもボーカルのない曲に絞るのが無難です。
チルを生活に取り入れるなら
チルミュージックは、ジャンルを覚えるより「気分を切り替えたい時間」を先に決めるほうが選びやすくなります。
帰宅後の30分や、休日の朝や、午後の休憩に、アルバムかミックスを1本通しで流すところから始めてみてください。
音の種類から選びたくなったら、ローファイの解説、アンビエントの解説、カフェ音楽のジャンル一覧が役に立ちます。
夜に寄せたいときは夜カフェBGMの記事を、アーティストから探すならカフェBGMアーティスト一覧をどうぞ。
この記事を書いた人
Cafe BGM Playlister 編集部
カフェBGMと作業用BGMの専門メディア「Cafe BGM Playlister」の編集部です。
運営元のレーベルでカフェBGMアーティストの楽曲制作と配信に携わっていて、この記事で紹介したアーティストの一部も当レーベルの所属です。
選曲は、収録曲や再生時間、公開されている情報を編集部が確かめたうえで選んでいます。
